やさしい暮し舎

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曼荼羅ガーデンと避難体験ワークショップ前半 2014年7月16日

長野県の最南端・売木村の伝使山で、足るを知る暮らし,命のめぐる暮らしに向かってbaba たちが
ゴソゴソ動きだしました。「豆麻っぱ」の始まりはじまり。

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雑木の山の裾野にわずかにある平地に、縁ある者が集まって小屋の外枠を作ったまま、電気も水道もガスもひかれていない地に7年間置き去りにしていました。
でも,その時関わった私たちは「あの小屋」がずっと心にひっかっていました。
小屋を作った先があるとそれぞれ思っていたから。

動きだしたのは元々ここをいつかと夢をもっていたubabaと思いっきり犬を走らせてやりたいmababa。たまに参加の私は二人のペースについていくだけが精一杯。
無謀とも思えるbabaだけで始める開拓,建築。
草刈り、木の切り出し、ゴミも排泄物も土に還すプランタートイレをつくり、小屋の雨漏り修繕と床はり、材集め。
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ここで作るものの材量は極力ここにあるもの、周辺でもらえる物、捨てられるもの。
ゆずれないのは土に還らないものは使わないこと。ここの自然を狂わせない事。
この地の命の循環に参加させていただきたいな、というのは関わるbaba共通の想い。

そして智恵の宝庫シャンティクティの臼井さんのお知恵もいただいてしまおうと自分たちのためのワークショップを実行しました。

呼びびかけはとくにせず、自然に縁ある者が集まれば良し。
水道も電気も熱源もないことは災害時の避難体験にも最適では、ということでついでに避難体験もしちゃう。
   豆麻っぱ http://mamemappa.seesaa.net/archives/20140614-1.html
   シャンティクティhttp://www.ultraman.gr.jp/shantikuthi/



   曼荼羅ガーデン作りとティピの作り方 避難体験ワークショップ
         シャンティクティkenji-iと過ごす2日間


集まったのは売木で米作りを始めているbaba4人と、以前小屋作りに関わったakebaabaはじめてのnoribaabaの6人。なんだか濃いけどゆるさもあるいい顔揃え。

AM10:00
 ティピの作り方から始まった。
臼井「インデアンは女性一人で立ててしまう。つるの支柱になり冬は覆って温室にも」そんな説明から始まったのだが、我々の用意した竹は太く長い。これは女性一人では...
臼井「切りましょう.大きすぎる。」ubaaba「大きいのがいいです」
そう、あの竹を運ぶだけでも重かったんだし..
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5m程用意した縄で束ねた竹を3本立てるところから始まり、その間に一本竹をたしていき12本の支柱が立つ。これでちょっとやそっとでは倒れないということ。
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このシートはツーバイフォーの材を輸入時に包んできたカバーで産業廃棄物。無料でもらえてブルーシートよりかっこいい。
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臼井「縫います」針も糸もない。そこにある物を使うのが原則。」はぎ合わせる部分のシートを2枚重ねて小石や木っ端をくるみ、てるてる坊主のようにひもでくくる。素晴らしい発想です。

結局大きくそびえ立つティピ完成。
ガーデン用ということで臼井さんの用意していただいたシートはそこまでの分量はない。
覆いきれません。でも、これにはだれも不満はなし。カッコいい−!
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炎天下の作業中,この地の大家さん一家の母娘からお茶と手づくりおやつの差し入れ。「お茶にしましょ」と言ってくれる人のありがたさ。ティピの下で休憩したとき、なんと隙間から素晴らしい風.ひんやりします。足らないことがちょうどいい。
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ティピを立て終わってから、本来の曼荼羅ガーデン予定地の整備を始めていました。元々かやの原だったところ。本来耕す事も必要ない農法のはずでしたが大きくて深いカヤの根っこではばまれて掘り出すしかないのです。
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昼食ははさんだものの、炎天下にハイスピードでこの重労働。その中で、この休憩の心地よさ。
ティピ最高!
興味深い話が飛び交い、誰も立ち上がりません。曼荼羅ガーデンは間にあうのでしょうか。

臼井さんに素敵なお話を聞きました。
中南米の調査団が,荷物の運搬にインディアングループを雇った。初日から4日目は順調に進んだが、5日目彼らは歩みを止め地べたに座り込んで動かなくなった。
しかし2日後全員が同時に立ち上がり前進した。後ほど語ってくれたのは「歩みが速すぎたので、魂があとから追いつくのを待たねばならなかった。」

(このお話の詳細は文の最後に)

ストンと腹に落ちました。
長い休憩時間の後、ふっと気づくと風が爽やかに。さあ、皆同時に立ち上がり作業開始。
その後の作業能率の違い。いえ、内容の違い。笑い声、ゲームのように,さっくさっくと作業が進む。魂がついてきたー。
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臼井「すごいなー、男いらないね。婿にほしいよ。」いえいえ、性別、国籍、障害,いろんな違いも多様性。男性の臼井さんがいらして下さったお陰のこの進展。

そして心配して様子を見にいらした地元のjiiji二人。右端は田んぼをみまわりしてくださっている、こちらまで幸せな気分になる笑顔の持ち主のyosijiji。赤い長靴をはいた後ろ姿はこの豆麻っぱを好きに使えと言って下さる大家のkazujiiji。田んぼ仕事のいろいろも教えていただいています。私たちにとっては、この2人がいてこその売木村。有り難いことです。babaだけではできません。
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今日の作業は夕餉のための薪を裏山でとっておしまい。
何でも揃う、なんて豊か。あとは水さえひいてこれば。
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 さあ、楽しい夜の部へ。

モモからのメッセージ(臼井さんfacebookより)
ミヒャエル・エンデ

 何年かまえ、中米奥地の発掘調査に出かけた研究チームの報告を読んだなかに、こんなことがありました。
調査団は、必要な機器等の荷物一式を携行するためにインディアンのグループをやとった。調査作業の全行程には完壁(かんぺき)な日程表ができていた。そして初日から4日間はブログラムが予想以上によくはかどった。運搬役のインディアンたちは屈強で従順で、日程どおりにことが進んだのだ。ところが5日目になって、彼らは先へ行く足をぷっつり止めた。
だまつて全員で輸になり。地べたに座りこんで、もうテコでも荷物をかつごうとしない。調査団の人たちは賃金アッフを提案したが、だめだった。叱(しか)りつけたり、ついには武器まで特ちだして脅したりしてみたが、インディアンたちは無言で車座になったまま動かない。学者たちはお手上げの状態で、とうとうあきらめた。日程には大幅な遅れが生じた。と、とつぜんー2日後のことだったーインデイアンたちは同時に全員が立ち上がった。荷物をかつぎあげ、予定の道を前進しだした。賃金アップの要求はなかった。調査団側から改めて命令したのでもなかった。このふしぎな行動は、学者たちにはどうにも説明のつかぬことだった。
インディアンたちは、理由を説明する気などまるでないらしく、口を閉ざしたままだった。ずっとあとになって、白人のグループの数人と彼らとのあいだにいくぶんの信頼関係が生じてから、はじめてひとりが答えをあかした。
「はじめの歩みが速すぎたのでね」という答えだった。
「わたしらの魂(ゼーレ)があとから追いつくのを待っておらねばなりませんでした」この答えについて、私はよく考えこむことがあります。
工業化社会の文明人である私たちは、未開民族の彼らインディアンから、学ぶべきところまことに大きいのではないでしょうか。
私たちは、外的な時間計画“日程をとどこおりなくこなしていきます。が、内的時間、魂の時間にたいする繊細な感情を、とっくに殺してしまいました。私たちの個々人にはもはや逃げ道がありません。ひとりで枠をはずれるわけにいきませんから。私たち自身がつくってしまったシステムは、容赦なき競争と殺人約な業績強制の経済原理です。 これをともにしないものは落伍(らくご)します。
昨日新しかったことが、今日はもう古いとされる。先を走る者を、はあはあ舌を出しながら追いかける。すでに狂気と化した輪舞なのです。だれかがスピードを増せば、ほかのみんなも速くなるしかない。この現象を進歩と名づける私たちです。
が、あわただしく走り続ける私たちは、はたしていかなる源から遠ざがりゆくのでしよう?私たちの魂からですって?そう、私たちの魂は、もうはるか以前に路上に置き捨てられました。それにしても魂を捨て子にしたことで、肉体が病んでいきます。だから病院や神経治療施設は、ひとびとであふれています。
魂不在の世界 これが私たちの走りゆく目的地だったのでしょうか? 
もうほんとうに不可能でしょうか、私たち全員が狂気の輪舞をいっせいに中止して、おたがいに車座になって大地に座る、そして無言で待つ、ということは?

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by yasashii-kurashi | 2014-07-19 00:15 | 田舎暮らし